Sunday, April 17, 2011

迷う将来


今日もサンディエゴは快晴、気温30度。

日本の同級生はほどんどみんな社会人になり、不安ながらも着実に新しいフェーズへ溶け込んでゆく姿が見てとれ、心から応援する気持ちと共に焦りも感じています。

私は卒業を9月に控えて、未だに進路が決まってません。決まってないというか、決めてないというか。

東京で非常に興味のあった会社からいいお話を頂けたんだけど、今になって「果たしてこのまま日本に帰って私は幸せなのかな」という気持ちが日に日に大きくなっていて。あれだけ日本で働く気満々だったのに。

大学時代をアメリカで過ごすうち、なんとなく将来もこの土地で生きていくんだってのを頭で描いていた自分がいて、いざ帰国が迫ってみると「ここはお前のいる場所じゃないんだよ」と追い出されるような感じがしてすがりつきたくなる。

私は英語という言語は本当に面白いと思うし、その英語から生まれる西洋文化、その文化が作り出す新しい英語もまた面白いと思う。

英語を使う仕事なんて日本を含めて世界中にあるんだけど、アメリカに住んでるからこそ経験できる「異文化」は日本にはない。コーヒーショップの店員の他愛ないジョークであったり、ホームレスが行きかう人にピースサインを送る姿であったり、金曜日の午後のガラガラになったオフィスであったり、そういうのを純粋に日々「アメリカ」としてappreciateする自分がいる。

日本では「北海道の人」とか「○○高校出身の人」とか小さなくくりで自分をカテゴライズするんだけど、外国にいる間は大抵の場合自分を「日本人」として意識していて、普段なら意識しないような小さな習慣すらも”異文化交流”の対象となるのが、本当に楽しい。

たとえばアメリカ人(白人)にすれば、朝ごはんをガッツリ食べるのは信じられないらしくて、朝ご飯とお味噌汁と野菜とかを食べてる私を見て悪気もなく"No way, rice for breakfast?"とか突っ込まれることがある。(えーナイナイ、朝食にご飯とかナイ!みたいな感じ)

これって実際かなり失礼な発言だと私は思うんだけど、こういうのも「自分の文化が世界の標準だと思い込んでるアメリカン白人」の典型的な面が垣間見えるシーンなので、面白い。

こういう小さな「異文化交流」が、この4年間で何より意識してきたものだし、これからもずっと自分の目で見ていたいと思う。

だから、卒業してこのまま日本に帰っていいのか本当に悩む。

アメリカに残ればコンサルティングの職を新卒で得ることはまずありえないし、そもそも仕事を見つけられるかどうかも怪しい。

でも挑戦しないで後悔するより挑戦して後悔したほうがいいって聞くし、やっぱり残って可能性を試したいという気持ちが大きい・・・のかなあ。

わから~ん。でも最終的には「人生楽しかった」って言えたらそれでいいんだけどね。そう考えれば少しは単純になるのかしら。

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