養子縁組のことを英語でadoptionというんですが、驚いたことに私がbabysitしている2人の子はadoptされた養子だということを昨日知らされました。
1年以上親と子の血縁関係を当然のように信じて関わってきたので、「養子なのよ」と聞かされたときは驚いて何と言っていいか分らなかった私。
クリスはてっきり伝えたものだと思っていたらしくて「あらら、言ってなかった?ごめんね~」と軽い感じで流れてしまったんだけど、私にとってはかなりの重大発表でした。
確かに兄弟の顔は似てないし、性格も丸っきり違うし、超高齢出産のはずなのに母親には帝王切開の跡もないし、言われて納得する部分も無いわけではないんだけど。
でもこれを知ってから急に二人のことが可哀想に思えて、その日一日はいつもより優しく接していた私。養子に出されるってことは、血縁の親が何らかの事情で子供達を手放すことになった訳だしね。
でも考えてみると、この子たちは本当に物質的にも愛情的にも恵まれているし、生活していて困ることなんて何もない。
それなのに養子と知っただけで接し方にまで影響が出てしまう私の考え方は、やはり養子縁組には少なからず抵抗のある日本で育った故のものなのかなと思ったよ。
実際にアメリカには毎年200万人の養子縁組を待つ子供達がいて、そのうち100万人が受け入れ先に巡り合えるそうです。それに対し日本では、年間約2万5千人の待機者のうち、500人程度のみが新しい家庭を見つけられるそう。
離婚と再婚が非常にオープンに扱われるアメリカ文化の中で、血縁関係のない親を持つことは普通だし、子供ができない夫婦が養子縁組を選択肢にするのは珍しいことではありません。
中絶反対者が多く存在するため、ティーンエイジャーの妊娠も中絶より、出産し、養子に出すことを勧められます。
だから日本と比べてアメリカは養子縁組がずっと受け入れられやすい環境であると言えますね。
こんなプライベートなことをインターネットで晒していいのと思う方もいるかもしれませんが、アビーとアンディーは小さなときからadoptionの事実を伝えられていて、悲しいことだとは捉えていない様子。
むしろ驚いた私に向かってアビーが「私には二人ママがいて、とってもラッキーなの。一人は大変な思いをして私にライフ(いのち・人生)をプレゼントしてくれて、もう一人は小さいときから誰よりも私を愛してくれるの。私のママは強くて素敵で優しくて美人で世界一のママなの!」とひと言。
10代や大人になってから養子縁組の事実を知るほうがよっぽどショックが大きいということで、アメリカでは小さいころから話して聞かせるのが一般的だそうです。
血縁のある両親に育てられても幸せを感じられない人がいるなかで、こんな風に言えるのは本当に素敵なことだと思う。
「養子だから」っていうフィルターの無意味さと、社会的な固定観念の影響の強さを感じた1日でした。
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