ベビーシッターの仕事を始めて約1年。
未だにクリス(子供のお母さん)のしつけは「甘いなあ」と感じてしまうことが多いんだけど、ひとつ見習いたいなと思うのはテレビやゲームとの付き合い方について。
3歳ぐらいから子供は自由に走り回れるようになるので、そうなると遊び相手するのも体力がいるし、親は自分のやりたいことを満足にする時間が取れなくなってしまうようです。
放っておけば「構って構って」って寄ってくるので、適度に自分の時間を確保するために子供にテレビやゲーム機を渡して一人で遊ばせる親も多いのが現実。
けど小さいころから何時間も画面ばかり見ていると、目が悪くなるのはもちろん、自分で考えることをしなくなってしまうんだって。(本で読みました)いくらそれが教育番組だったとしても、テレビばっかりになるとやっぱりね。
高校生くらいになれば嫌でも携帯電話やパソコンを使う時間が増えるから、小さいときはできるだけたくさん自然と触れ合って、自分で遊びを考える力を養うことができたら理想よね。
なのでクリスは朝1時間のアニメ(おさるのジョージ)と夜に1本映画(大抵ディズニー)を見る以外は一切テレビもゲームもさせません。
正直ずっと子供の相手をするのはしんどいし、これを貫くのはすごいことだと思う。
近所にはDSやらPSPやらのゲームを持っている子がたくさんいるので、アビーやアンディーは話題についていけなくて面白くない思いをすることもあるみたいだけど、(ポケモンを知らないとか)子供の遊びもかなり適当なので知らないながらにポケモンごっこしたりしてるしね。
クリスはその代わり毎週水族館や動物園に出かけるので、子供達は動物や虫に興味を持ってるし、小さい子にしては驚くほどの知識も蓄えてる。
両親共働きの場合は特に子育てにテレビやゲームが必須になるんだろうけど、それでも最小限に抑えて生活できたらいいよね。
こうするとテレビやゲームをする時間(スクリーンタイム)を当たり前にせずに、楽しみなイベントにすることにもなるしね。
おまけ:アンディーによるBeat It(マイケルジャクソン)
ちなみ子供達はマイケルジャクソンの歌が大好きです。クリスが大ファンなので、子供達も大抵のMJの歌は歌えるみたい。私が母の影響でユーミンの歌をたくさん歌えるのと一緒だ。
可愛いわ~。
Saturday, December 11, 2010
Friday, December 10, 2010
東京ブギウギ
彼氏に歌って欲しい最近の曲ナンバーワン。ここ1ヶ月くらいのブームです。
ビデオと曲のコントラストが笑えるよ。
今学期終了まであと7時間。もうすぐ日本だと思うと嬉しくて嬉しくて全然勉強に集中できません。言い訳。
東京での予定はボストンで最終まで残った企業の面接とキャリアフォーラムだけかなーと思ってたら、ボストン後にアプライした所から今頃になって返事がドシドシ返って来ました。
ベンチャーも含めてコンサル系を何社か受けることになりそうです。楽しみ。
一番の恐怖は未だに経験したことのないの満員電車ってやつですね。あと方向音痴。東京では道に迷って2回も飛行機乗り遅れてるので、今回は面接会場に1時間前くらいについてウロウロしようという計画を立ててます。
ただ人気企業になればなるほど「留学生一人ひとりの帰国事情には合わせられません」て感じのところが多くて、グループディスカッションや1時面接は受けられても、次に進むには2月ごろにも帰国しなきゃいけない雰囲気ですね。どうしよう。
_________________
東京でクラブデビューしようと企んでるんだけど、一緒に行ってくれる人いるかなあ。
どの辺が客層が若くてヒップホップな感じなんだろう。私エレクトロとかじゃノれませんの。
アメリカ人の友達も連れて行く予定なので、一緒に行ってあげるよって人は個人的にメッセージください。
_________________
札幌では高校の友達にも会おうと思ってコンタクト取り始めてるんだけど、卒論とかバイトとかでみんな忙しそう。残念ぴ~。
ちなみに私はクリスマスから元旦まで滞在するよ!(アピール)
私卒業してから中学や小学校の人と一度も会ってないけど、みんなどうしてるんだろうなあ。最近中学で一番仲の良かった子をmixiで発見したんだけど、それ以外の人は連絡先もわかりませんな。成人式も行かなかったし。
高校の子とは細く長く続いていたいもんですね~。
ビデオと曲のコントラストが笑えるよ。
今学期終了まであと7時間。もうすぐ日本だと思うと嬉しくて嬉しくて全然勉強に集中できません。言い訳。
東京での予定はボストンで最終まで残った企業の面接とキャリアフォーラムだけかなーと思ってたら、ボストン後にアプライした所から今頃になって返事がドシドシ返って来ました。
ベンチャーも含めてコンサル系を何社か受けることになりそうです。楽しみ。
一番の恐怖は未だに経験したことのないの満員電車ってやつですね。あと方向音痴。東京では道に迷って2回も飛行機乗り遅れてるので、今回は面接会場に1時間前くらいについてウロウロしようという計画を立ててます。
ただ人気企業になればなるほど「留学生一人ひとりの帰国事情には合わせられません」て感じのところが多くて、グループディスカッションや1時面接は受けられても、次に進むには2月ごろにも帰国しなきゃいけない雰囲気ですね。どうしよう。
_________________
東京でクラブデビューしようと企んでるんだけど、一緒に行ってくれる人いるかなあ。
どの辺が客層が若くてヒップホップな感じなんだろう。私エレクトロとかじゃノれませんの。
アメリカ人の友達も連れて行く予定なので、一緒に行ってあげるよって人は個人的にメッセージください。
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札幌では高校の友達にも会おうと思ってコンタクト取り始めてるんだけど、卒論とかバイトとかでみんな忙しそう。残念ぴ~。
ちなみに私はクリスマスから元旦まで滞在するよ!(アピール)
私卒業してから中学や小学校の人と一度も会ってないけど、みんなどうしてるんだろうなあ。最近中学で一番仲の良かった子をmixiで発見したんだけど、それ以外の人は連絡先もわかりませんな。成人式も行かなかったし。
高校の子とは細く長く続いていたいもんですね~。
Saturday, December 4, 2010
インドの青年と将来の夢
フォルダの整理してたら懐かしい写真が出てきました。
大学1年時にインドにバックパックの旅に行った時の写真。
ブッタガヤのスジャータ村というところの道を歩いていた時にラジュとアヌープという青年達に出会ったのが始まりなんだけど。
彼らは自分が大学の学費に使おうとしていたお金を使って、村の孤児のための学校をつくって運営していて、旅行者からの寄付を募っているところでした。
ほかの貧困国も同じだと思うけど、インドには物乞いがたくさんいるので「また新手のが来たな」くらいに思っていたんだけど、暇だったので一緒にお昼ご飯を食べながら話を聞いていると、どうやら本気っぽい。
(私の見た目がすごいことになってますが、インド仕様です)
なかなか面白い話をしてくれたので、寄付するかどうかは別として、数日間英語の先生になることをを引き受けた私。
これが彼らの教科書なんだけど、もう本当にどこから持ってきたのってくらい古くて傷だらけのものを使っていて、驚くと同時に自分が小学校の時にほぼ新品の状態の教科書を進級するたびに捨てていたことを思い出して恥ずかしくなりました。
この学校は文字通り彼らの手作りで、村中の人からレンガや木を分けてもらって作ったらしい。孤児のための学校なので半分が寝泊りする部屋になっていて、全部で10畳もないようなところなんだけど、よく作られていました。
最初は数日だけ手伝う予定だったんだけど、なんと私が泊まっていたホテルのオーナーからレイプされそうになるという事件が発生して、その時に彼らが村中総出で助けてくれたので、結局1ヶ月くらい滞在していたかも。行き当たりばったりの3ヶ月間だったのでね。
ここで学んだことは書ききれないので省くけど、それまで「貧困国の識字率を向上させたい」と思っていた私はここで初めて現実の難しさを少し知ったように思う。
これを例とすると、単に孤児の学校といってもどうしてもメインは身の回りの世話(子育て)になってしまうし、設備が整えばそれだけ盗難の可能性も高まる。(私の滞在中にも汲み上げポンプや鍋など生活必需品が盗まれた。)運営費がなければカリキュラムもないので、学校として機能しないなどなど、障害は数えるとキリがない。
貧しい人たちを助けようとすると、関係ないように思えることまでもを含めたゼロからの土台作りが必要なことを知ったんです。
だから効率的で長期的な援助をしたいなら、情熱はもとより組織の運営能力がないと、と思ってコンサルティング業界に興味を持ったわけなんですが、就活しながら志望動機を考えるうちにそもそもの夢があやふやになってきました。
人助けしたいだけなら、問題のカテゴリーを問わなければ困ってる人は日本国内にも星の数だけいるし、せっかく日本人として生まれたんだから日本に貢献したいなと思い始めて。
まあ何だかんだいって内定をいただけないと話にならないので、ブツブツいわずに東京で結果出さないとね。
新卒で入社し数年で転職する人が増えたとはいえ、先が見えないのはスリリングですなあ。
大学1年時にインドにバックパックの旅に行った時の写真。
ブッタガヤのスジャータ村というところの道を歩いていた時にラジュとアヌープという青年達に出会ったのが始まりなんだけど。
彼らは自分が大学の学費に使おうとしていたお金を使って、村の孤児のための学校をつくって運営していて、旅行者からの寄付を募っているところでした。
ほかの貧困国も同じだと思うけど、インドには物乞いがたくさんいるので「また新手のが来たな」くらいに思っていたんだけど、暇だったので一緒にお昼ご飯を食べながら話を聞いていると、どうやら本気っぽい。
(私の見た目がすごいことになってますが、インド仕様です)
なかなか面白い話をしてくれたので、寄付するかどうかは別として、数日間英語の先生になることをを引き受けた私。
これが彼らの教科書なんだけど、もう本当にどこから持ってきたのってくらい古くて傷だらけのものを使っていて、驚くと同時に自分が小学校の時にほぼ新品の状態の教科書を進級するたびに捨てていたことを思い出して恥ずかしくなりました。
この学校は文字通り彼らの手作りで、村中の人からレンガや木を分けてもらって作ったらしい。孤児のための学校なので半分が寝泊りする部屋になっていて、全部で10畳もないようなところなんだけど、よく作られていました。
最初は数日だけ手伝う予定だったんだけど、なんと私が泊まっていたホテルのオーナーからレイプされそうになるという事件が発生して、その時に彼らが村中総出で助けてくれたので、結局1ヶ月くらい滞在していたかも。行き当たりばったりの3ヶ月間だったのでね。
ここで学んだことは書ききれないので省くけど、それまで「貧困国の識字率を向上させたい」と思っていた私はここで初めて現実の難しさを少し知ったように思う。
これを例とすると、単に孤児の学校といってもどうしてもメインは身の回りの世話(子育て)になってしまうし、設備が整えばそれだけ盗難の可能性も高まる。(私の滞在中にも汲み上げポンプや鍋など生活必需品が盗まれた。)運営費がなければカリキュラムもないので、学校として機能しないなどなど、障害は数えるとキリがない。
貧しい人たちを助けようとすると、関係ないように思えることまでもを含めたゼロからの土台作りが必要なことを知ったんです。
だから効率的で長期的な援助をしたいなら、情熱はもとより組織の運営能力がないと、と思ってコンサルティング業界に興味を持ったわけなんですが、就活しながら志望動機を考えるうちにそもそもの夢があやふやになってきました。
人助けしたいだけなら、問題のカテゴリーを問わなければ困ってる人は日本国内にも星の数だけいるし、せっかく日本人として生まれたんだから日本に貢献したいなと思い始めて。
まあ何だかんだいって内定をいただけないと話にならないので、ブツブツいわずに東京で結果出さないとね。
新卒で入社し数年で転職する人が増えたとはいえ、先が見えないのはスリリングですなあ。
Wednesday, December 1, 2010
Thanksgiving Break
このメローな感じがクラブに行きたくさせますな。最近Rihanna頑張って曲出しすぎだと思うけどね。
書き忘れてたけど、先週アメリカではサンクスギビング(感謝祭)のお祝いがありました。
日本でいうお盆やお正月のような感じで、たくさんのアメリカ人は実家に帰宅し、アメリカ中のお店が閉店になります。(最近ではスーパーとかはやってるみたいだけど)
ただ家族のいない留学生は友達と集まって過ごすことが多いみたいね。
私はこの休みをアコと過ごすのが恒例になっていて、今年はクラブにも2回行ったのさ。クラブって何よりも一緒に行く人が楽しさを決めると思うんだよね。日本帰ったら一緒に行く人見つかるかなあ。初めて行ったハリウッドのクラブはいろんな意味で最高だった。
他にはサンクスギビングの次の日にあるブラックフライデー(アメリカ中がセールになる日)ショッピングにも4年間毎年参戦してます。
アメリカはハロウィンが終わると一気にクリスマスモードになるので、ショッピングモールに飾ってある大きなツリーの前で写真を撮るのもいつの間にか習慣化。
1年目 サンタモニカにて
3年目 サンディエゴにて
4年目 サンディエゴにて
2年目はサンフランシスコに行ったんだけど、ツリーの前では写真取らなかったんだよね。
3枚並べると成長具合がわかるわ~って言おうとしたけど、実際全然変わってませんな。
この写真見てると本当に幸せになれます。来年はアコと買い物してないのかと考えると、正直すごく寂しいし不安。
アメリカにかぶれてひとつ良かったことは、「心に思ってても面と向かっては恥ずかしくて伝えづらいこと」をサラっと言葉にできるようになったところかな。
彼女と「あなたがいなくなったら私どうしよう」みたいな胸キュン話をしてると「私って友達に恵まれてるなぁ」と嬉しくなります。
高校の時の友達も大好きだけど、やっぱりお互いの環境が変わると共通の話題があまりなくて自然と昔話が中心になってしまうからね。
高校の友達の輪から自分が抜けてしまったようで正直かなり悩んだこともあったんだけど、でもそれは成長に伴う当然の変化なのかなと最近になって受け入れられるようになった。
高校はこれ以上ないというほど楽しかったけど、戻りたいと思ったことは1度もないしね。大切な思い出としてとっておきたい感じ。
きっと就職したらまた付き合う人々も変わっていくんだろうね。
まあでもしばらくアコは私の心のよりどころになるだろうけど。ははは。
そう考えると、変わっていく自分に対して常に変わらない愛情とサポートを提供してくれる親っていうのは本当に大きな存在だね。あー人生って素敵。
書き忘れてたけど、先週アメリカではサンクスギビング(感謝祭)のお祝いがありました。
日本でいうお盆やお正月のような感じで、たくさんのアメリカ人は実家に帰宅し、アメリカ中のお店が閉店になります。(最近ではスーパーとかはやってるみたいだけど)
ただ家族のいない留学生は友達と集まって過ごすことが多いみたいね。
私はこの休みをアコと過ごすのが恒例になっていて、今年はクラブにも2回行ったのさ。クラブって何よりも一緒に行く人が楽しさを決めると思うんだよね。日本帰ったら一緒に行く人見つかるかなあ。初めて行ったハリウッドのクラブはいろんな意味で最高だった。
他にはサンクスギビングの次の日にあるブラックフライデー(アメリカ中がセールになる日)ショッピングにも4年間毎年参戦してます。
アメリカはハロウィンが終わると一気にクリスマスモードになるので、ショッピングモールに飾ってある大きなツリーの前で写真を撮るのもいつの間にか習慣化。
1年目 サンタモニカにて
3年目 サンディエゴにて
4年目 サンディエゴにて
2年目はサンフランシスコに行ったんだけど、ツリーの前では写真取らなかったんだよね。
3枚並べると成長具合がわかるわ~って言おうとしたけど、実際全然変わってませんな。
この写真見てると本当に幸せになれます。来年はアコと買い物してないのかと考えると、正直すごく寂しいし不安。
アメリカにかぶれてひとつ良かったことは、「心に思ってても面と向かっては恥ずかしくて伝えづらいこと」をサラっと言葉にできるようになったところかな。
彼女と「あなたがいなくなったら私どうしよう」みたいな胸キュン話をしてると「私って友達に恵まれてるなぁ」と嬉しくなります。
高校の時の友達も大好きだけど、やっぱりお互いの環境が変わると共通の話題があまりなくて自然と昔話が中心になってしまうからね。
高校の友達の輪から自分が抜けてしまったようで正直かなり悩んだこともあったんだけど、でもそれは成長に伴う当然の変化なのかなと最近になって受け入れられるようになった。
高校はこれ以上ないというほど楽しかったけど、戻りたいと思ったことは1度もないしね。大切な思い出としてとっておきたい感じ。
きっと就職したらまた付き合う人々も変わっていくんだろうね。
まあでもしばらくアコは私の心のよりどころになるだろうけど。ははは。
そう考えると、変わっていく自分に対して常に変わらない愛情とサポートを提供してくれる親っていうのは本当に大きな存在だね。あー人生って素敵。
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